技術を教わらなかった師匠のお陰で今がある
僕はこの業界に入って約16年くらいになりますが、師匠と呼ばせて頂く方が二人います。今回はそのうちのお一人と過ごした話です。
僕はその方に携わらせて頂いたのはこの業界に入った頃の駆け出しの約4年間くらいでした。しかし、その4年間で施術方法を教わった事はありませんでした。また、4年間で僕に施術してもらえたのも腕を約20秒くらいでした。しかし、この4年間があったおかげで今の自分がいるとはっきり言えるほど大切な事を学ばせてもらいました。この4年間がなければ開業して7年間毎年売り上げが伸びる事もなかったでしょうし、それ以前に開業自体も出来ずどこかの店舗でこの仕事にやりがいも感じずに淡々と日々を過ごしていたと思います。
その師匠の所では給料はもらえなかったので、深夜に働いて生活費を稼いで朝から夕方まで師匠に同行する様な日々でした。師匠は自分の店舗を持っておらずクライアントの現場(イベント会場やスタジオ、または会社の会議室や演者さんの楽屋やなど)に出張して施術を行う人でした。そのために深夜の仕事終わりに家に帰って寝ていては寝過ごす恐れがあるので、家に帰ってシャワーを浴びたらそのまま寝ないで現場近くの公園などのベンチで集合時間まで寝る様な生活をよく送っていました。
そんな僕の仕事は施術をさせてもらう訳ではなく、師匠が施術をするための部屋作りやその日のクライアントさんの行動予定を打合せして師匠のスケジューリング管理といったものでした。先ほども言ったように出張先での仕事なので施術部屋というものがないのです。行く先々で一から施術部屋を作らなくてはいけないのです。
これが大変でした。
単に施術が出来ればいいと思っていたので施術に使うヨガマットやタオル、椅子を何も考えずに並べて部屋作りを終わらせました。しかしそれを見た師匠は「なんだこれは!!」と激怒です。僕はなぜ怒られるのかわかりませんでした。師匠は言うのです。
「お前はクライアントがこの部屋に入った時に居心地良いと思えるように考えて作ったか?」
「お前はクライアントが部屋に入った後、どう動いたらスムーズに施術が受けられるか導線を考えて作ったか?」
「お前はクライアントがどんな状況で施術を受けに来るのか考えているのか?」
施術する場所は施術のための部屋ではないので元々色々な邪魔なものが置いてあります。また、コンサート会場の時は配線が床の至る所に通っています。そんな場所でも少しでもリラックスして受けられるためには少しでも広い空間になる様に整頓したり邪魔なものがクライアントの目に入らない様にマットや椅子等の備品の配置を考えたりしなければなりません。また、配線にもし足を引っかけて転んで怪我をしようものならば5万人のコンサートが土壇場で中止になってしまいます。そんな万が一のリスクを考えて、配線を跨がない導線を考えてあげたり、配線自体を上手く避けたりするといった様な様々な事を想定する頭を持たなければなりませんでした。そして何人も施術を受ける人がいる場合、師匠がスムーズに出来る様に施術が終わる時間を見計らってクライアントに伝言に走ったり、師匠の水分補給用の水や手を奇麗にするためのタオルや足りない備品を事前に確保しておくなどの先を想定した行動をとったりしなければなりませんでした。
これが毎度毎度師匠の求めるレベルに到達しないのでその度に怒られていました。
またスケジュール管理で度肝を抜かれたのは、ある地方公演に同行した時の事。その日はコンサートの本番前日で、クライアントは宿泊先の師匠の部屋で施術を受ける予定でした。師匠はその前に東京で仕事があるのでそれを終えて向かうため、僕が先にその宿泊先のホテルに着きました。師匠からは〇〇時に空港に着くと連絡があったので、すぐにでも施術が出来る様に師匠の部屋に入って施術の部屋作りをしました。再三言われている居心地の良い空間にするために、めちゃくちゃ重たいキングサイズのベットを部屋の端にずらしたりテーブルやオットマンを避け、備品を見栄え良く並べました。これで完璧だ、怒られずに済むと安心した後、師匠が登場しました。その目はなぜか怒りが・・・開口一番「お前悠長に何考えてここにいるんだ!!」と敢え無く怒鳴られる結果となりました。なぜ怒られたのかわからないのと、これでもダメかぁという動揺で気が気ではありませんでした。師匠が施術のために着替えた後
師匠「空港からここまでスムーズに来れる様に、お前が空港で待ってて、すぐにタクシー乗り場まで案内するのが当たり前だろ!!!」
僕「ここで部屋作りを・・・」
師匠「そんなもの出来て当たり前だ。それを終えて空港まで来い!!!」
呆然としました。そこまでしなくてはいけないのかと理不尽さも感じました。しかし、雲の上の方達を見る事が出来る今思えば、成し遂げた人や優秀な秘書はこれくらいの気配りが出来ているものです。
そんなこんなで師匠に同行すると毎回一日に5~6回は怒鳴られていました。いつも何か足りない事はないか、怒られる様な配慮不足はないかと神経擦り減る思いでした。24時間緊張で夜寝る時も胸が苦しい毎日でした。その時に毎回言われる事は
「人の事をよく観察しなさい、そして考えなさい」
でした。つまり「相手の状況や考えている事を考えて何が必要か?自分は何をしなければならないのか?それを常に考えなさい」という事でした。
「相手の事を考えられる事ができないと本当の意味で人を良くすることはできないよ。だからいつも怒られて辛いだろうけど、その訓練だと思って頑張りなさい」と言ってくれました。
僕はこの指導のお陰で手技療法の仕事の本質を学ぶ事が出来たと思いますし、とても素晴らしい患者さん達に囲まれていると思っています。
この仕事は「活きている人間」と向き合う仕事です。そこには単に体の事を知っているだけではダメです。同じ肩こりや腰痛でも人それぞれ要因が違いますし、状況が違います。それを把握する力は体の知識ではありません。どれだけ人の事を観察できているかですし、そこから考えられるかの差です。
また感情がありますし、人それぞれ性格もあります。そこを踏まえて施術者が対応しなければなりません。施術者は「先生」と言われる事に胡坐をかいている様な方がいます。また、機械を治す様に理論だけで考えて体だけを見ている人もいます。そういう人は一方的な押し付けの施術ですし、対応も自己中心的です。それでは治せない領域があります。
それを僕は、「相手の心身の状態になりきる力」と言っています。この力を養うことが体の事を知るのと同じくらい大事な事だと思っています。師匠からは施術自体を教わりませんでしたが、この大事な事を気づかせてくれて、その力を養ってくれたとてもありがたい存在です。
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